リーダーはいつも期待感を表明する 

20170716川上先生ブログ


心理学の用語に「ピグマリオン効果」
という言葉がある。

ピグマリオンとはギリシャ神話に出てくる
キプロス王の名前。

彼は彫刻が巧みで、自分が作った
女性像の驚くほど素晴らしい出来栄えに
恋をしてしまい、

どうにか生身の人間に
変えられないものかと熱烈に願った。

神もこれを哀れみ、彫刻に
生命を吹き込んだので
王は彼女とめでたく結婚した。


この神話から転じて、人が人に対して
「こうなってほしい」「きっとそうなるはずだ」と

その潜在的可能性を
心から信じ、期待すると、

相手も必死でその期待に
応えようと努力する。

それが事を成就させる。


つまり、期待感の効用を心理学では
ピグマリオン効果と呼んでいる。

人の上に立つリーダーは、
この「人に期待して人材を育てる」方法
をよく心得ているものである。


幕末の長州で、高杉晋作や木戸孝充
といった逸材を数多く育てた
松下村塾の塾長・吉田松陰が、

この期待感の効用の〝名手〟
だったといわれる。

彼はどんな塾生に対しても、
短所よりも長所をいち早く見抜き、

それを集中的にほめ、
期待を口に出すことで
人材の能力を伸長させてやった。


たとえば、貧しい階級の出身で、
いつもビクビクと周囲の目を
気にしてばかりいる一人の少年塾生にも、

 「俊輔には周旋(政治折衝力)の才あり」
 と、その才能を見抜いて、

おまえには将来性がある
と期待をかけてやった。

俊輔とは、のちに日本の初代総理大臣となり
「周旋屋」の異名もとった伊藤博文である。
(次回へつづく)


(拙著:『リーダーの精神哲学』 1997年発刊 より)


つねに「まだ」型思考と性善説で部下に接する2 

20170615川上先生ブログ


人を教え育てる時に、
人の欠点やミスばかりを指摘して、

「君はここが悪い、
ここでいつも失敗する。
すぐに直しなさい」と

減点法で指導する人がいる。

これは部下にとってみると、
たとえ指摘されたことが事実であっても、

どこか叱られている気がして
萎縮しやすい。

教育法として減点法=性悪説は
効果的ではないのである。


それよりも、
長所やプラス部分に着目して、

「君はこういういい面、
すぐれた点を持っているから、
そこを伸ばすようにしなさい」と

加点法で教え、性善説で接したほうが
人材は伸びる。

短所は、他人からの指摘では
改まりにくいが、

長所は他人からのホメ言葉によって
大きく伸びていく。


 「人を動かそうとする場合、
相手の長所を見るのに九の力を用い、
短所を見ることには一の力しか用いない」

 とは、故松下幸之助氏の言葉である。


 性善説思考の大切さは、
人材育成のみならず、リーダー自身の
人間的資質の面でも重要である。


 たとえば、砂漠で道に迷ったときに、
水筒に水が半分残っているとしよう。

 このとき、
「もう半分しか残っていない」と考えるか。
「まだ半分も残っている」と考えるか。
あなたはどちらだろうか。


前者は物事を否定的、悲観的に考えるタイプ、
後者は肯定的、楽観的にとらえるタイプだが、

いずれが人の上に立つリーダーとして
適任かといえば、間違いなく後者の
「まだ」型思考のできる人に軍配が上がる。


まだ型思考、つまり物事を
肯定的にとらえるということは、

否定的事実から目をそらせ
という意味ではない。

状況は悲観的であっても、
つねに希望や明るさは失うな、
ということである。

苦しいときにも「まだ」と希望を持ち、
笑っていられるリーダーに、
人は信頼と安心を寄せ、
従うものである。

リーダーは、絶望という「愚か者の結論」を
簡単に出してはならない。

(拙著:『リーダーの精神哲学』 1997年発刊 より)


つねに「まだ」型思考と性善説で部下に接する 

20170601川上先生ブログ

D・マグレガーという心理学者が、
X理論とY理論を唱えている。


X理論とは、人間は本来、働くことを
好まない動物だとする考え方だ。


だから、上司は部下の尻をつねに叩き、
命令を下して働かせることを
強制しなくてはならない。


これに対して、Y理論は人間は
生来、働くことを好むから、

上役が働きやすい環境をつくってやれば
部下はよく働くようになるとする理論だ。


これは、人を育てるのに
「減点法」で行うか、
それとも「加点法」でするか

という問題にも通じるし、

また、人を
「性悪説」の立場に立って見るか、
「性善説」の立場で見るか

という人間観にも通じる。


人間は果たして性善か性悪か。


つまり、人間は本来、
善の動物であるか、

放っておくと悪い方向へ
いってしまう性悪の生き物か

――これもまた難しい問題であり、
長い間、議論が続けられてきた。


思うに、共産主義とか現在の日本の
管理的な教育体制などは、

性悪説を前提にそのシステムが
構築されている。

個人や生徒の自由を尊重するよりも、
法や校則によって徹底的に
その行動や言動を管理する。

そうでないと、国家の運営も
学校の秩序も維持できない。

それぞれの指導者がそう
「性悪説」的立場で考えている。


その結果、旧ソ連や東ドイツの
共産主義は衰退してしまったし、

日本の学校は三無主義など
妙に生気のない画一的な
子供をつくり出している。


これから言えるのは、
性悪説では真に人を
育てることはできないし、

組織の確固たる運営は
できないのではないかという点である。

リーダーは人を性善説で見、
減点法でなく加点法で
育てなくてはならないということだ。
(次回へつづく)

(拙著:『リーダーの精神哲学』 1997年発刊 より)


メンバーの相乗効果を引き出す2 

20170515川上光正先生ブログ

 このように、一つの組織全体が各個人の
能力の総和以上の効果を生み出すことは、

「シナジー」の概念と呼ばれ、
1+1=4という数式で表わされている。


 リンゲルマン効果にしてもシナジーの概念にしても、
人の行為を単純な加減法では測れないということである。


 健康にいいからと、錠剤や飲料のビタミン剤を
食事とは関係なく飲んでいる人がいる。


たしかに市販のビタミン剤には薬効がある。
食事と関係なしにそれを摂取しても吸収率は少ない。


単独でとっても、その持てる力を一〇〇%
発揮できないのである。


 では、どうすればいいか。


タンパク質や糖質といった栄養素と
いっしょに摂取すればよく吸収され、
生命体に有効に働くのである。


他の食物と食べ合わせること、
つまり、集団化することでビタミンにも
相乗効果が生まれるわけだ。


 また、単独で食べては人間の身体には
毒になるもの害になる食べ物でも、


他の食べ物と食べ合わせることで
無害化することもある。


 これは、植物と生命体の関係で起こる相乗作用だが、
組織と人間の関係においても同様なのである。


 人の集合である組織体もまた、一つの生命体である。


構成員の総和がイコール組織全体の力と
機械的に足し算しない方がいい。

生命体では1+1が2になることはむしろまれである。


1+1が4になることも、1+1が0になることも、よくあることだ。


 プラスの相乗作用を生むのも、マイナスの相乗作用を生むのも、
実は組織の長、リーダーの指導や見識しだいなのである。


 組織のメンバーを「部分品」として扱うリーダーがいるが、
彼のもとでは相乗的な力を発揮することは少ない。


つまり、彼は人を使うことはできても、
人を育てることに不向きなリーダーなのである。


(拙著:『リーダーの精神哲学』 1997年発刊 より)



メンバーの相乗効果を引き出す 

20170505川上光正先生ブログ


人間が多人数で仕事をする場合、一人ひとりの努力の
総和がそのまま加算されて全体の総合力となる。

これは一般論である。


 現実には、数式のようにそう単純にはいかない。
個々の構成員のどこかに、無駄や油断や「手抜き」が生じて、
個々の力の単純合計より実際の総和が低くなることが多い。


同じような立場の人間が身近にいるとき、
人は「あえて自分一人が頑張らなくてもいいだろう」とか
「他の誰かがやるはずだ」などと考えがちだからである。


 こうした、集団による個人の責任の分散、
手抜き現象を心理学ではリングルマン効果と呼んでいる。


綱引きを使った心理実験では、
一人で綱引きをするときの力を一〇〇とすると、

二人で引っ張った場合はその九三%、
三人では八五%の力しか個々には出さないことが
確かめられているという。


 人間の力は機械と違う。
部分の総和が全体とはいえないのである。


 逆のケースもある。


 社会活動やビジネス社会などで、
ある集団を構成するメンバーの一人ひとりの
能力や個性をすべて足し算した場合、
それ以上の力を発揮することがある。


わかりやすい例をあげると、
高校野球で飛び抜けてすぐれた選手はいないのに
チームワークのよさによって実力以上の力を発揮し、

チームの力では上のチームに勝ってしまうような例がそれに当たる。


 これは構成メンバーの目的が組織や
システム全体のニーズと一致して両者が
うまく調和している場合に起こるといわれる。


自分のモチベーション(動機)が組織全体のそれと
軌を一にしたとき、構成員の力が十全に発揮されるのみならず、
その眠れる潜在能力までが開発させるからであろう。

(次回へつづく)

(拙著:『リーダーの精神哲学』 1997年発刊 より)