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自己変革の実践 

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今日ほど人間関係に苦しむ時代もありません。
情報が氾濫する社会では閉塞した対人関係を生み、過剰な情報のなかで多くの人は溺れ、真実の道を見失い、孤立化の道を歩んでいます。自己の能力が発揮できない、人前で緊張する、人と会うのが怖い、話ができない、人からいじめられる――そんなさまざまな悩みやストレスが多くの人々の心を苦しめています。

人間関係をよくしたい。それは多くの人が望むことです。
ではどうすればいいのでしょう。まず基本的には、自己の〝考え方″を変えてみることです。人から好かれようとすれば、人を好きにならなければなりません。人間関係といっても、所詮相手だけではなく、自分自身を関わることでもあります。


(拙著:『美しい意識の創造』より)

つづく

癒しの光っちゃん 川上光正 記




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永遠の愛と平和を祈願 

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インド古代聖典の『アダルヴァ・ヴェーダ』に、「兄弟は兄弟を憎むな、姉妹は姉妹を憎むな、和合して習いをともにし、よろしく言葉を語れ」とあり、さらに「神々が離散しないように互いを憎むな。家においては人々に対する和合を、ブラフマン(自己の中の絶対神)をわれらはつくりだす」とあります。
これはヨガの修行を通して、神としての梵との合一、普遍的な一体感を計り、神性意識を目覚めさせて、愛と平和の本質を自覚させる意味にもとれます。また、永遠の愛と平和を祈願することでもあります。

愛とは思いやりでもある。
愛とは情けでもある。
愛とは忍耐でもある。
愛とは育成することでもある。
愛とは憎まないこと、傷つけないことでもある。
愛とは報酬を求めないことでもある。
愛とは優しさでもあり、厳しさでもある。
愛とは勇気でもある。
愛とは希望でもある。

そして、愛は真実であり、
正義であり、
創造の源である。

(拙著:「美しい意識の創造」より)
癒しの光っちゃん 川上光正 記


川上光正オフィシャルサイト
http://kawakami-yoga.com/


真の愛と真の平和を創造 

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愛は成長し、真の愛と真の平和を創造するのです。
そこには愛の原理を説く古典ヨガの教えが生きています。ヤマ、ニヤマに始まり、アーサナ、そしてプラーナーヤーマからサマーディへと至るヨガの本質は、自己の魂であるアートマンと、梵としての宇宙真理といわれるブラフマンの合一・融合により、自我の目覚めがより高次になり、純粋意識から至純意識、神性意識へと発展し、〝真実の愛″(真愛)を具現し、実践できるようになります。
ヨガの教えのなかで、ハタヨガは健全な身体の愛を説き、ラージャヨガは健全な心の愛を説き、さらにクンダリニーヨガは至純な魂の愛、至梵の愛・宇宙真理を説きます。
それは次の一五の実践行となって生まれます。
慈しみ合う(慈悲)
励まし合う(激励)
慰め合う(慰安)
助け合う(援助)
施し合う(布施)
分かち合う(分配)
触れ合う(抱擁)
語り合う(歓談)
判り合う(理解)
認め合う(認識)
庇い合う(庇護)
慕い合う(思慕)
喜び合う(歓喜)
信じ合う(信頼)
許し合う(寛容)
これらの言葉は〝合う″という表現が、愛の平等と平和を示唆しています。自己中心ではなく、ときにはわが身を犠牲にしてでも行うという他者に対する献身的な意味が、〝合う″という表現に込められています。
その平等の精神と平和から、愛の創造が始まるのです。

つづく
癒しの光っちゃん 川上光正 記



愛の対象は無限です 

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愛は恋愛から家族愛、人類愛、あるいは宇宙愛まで限りない拡がりをもっています。
愛こそが、人間にとって最も崇高な精神的衝動といえます。愛はまた、自我と宇宙とを結ぶ唯一の衝動でもあります。人間が、その内面に秘めた愛をいかに拡げていくか。普遍的な愛をいかに社会の中に広く反映させるか。そこに人生の本質があり、目的があります。
愛の対象は無限ですが、ここでは男女の恋愛を通して、愛について考えてください。男女が〝愛し合う″ことは、愛の根源であり、愛の始源であり、表現でもあります。それは愛の因果律となって人々の意識の中へ、その深奥にある魂へと伝えられていきます。そこには魂の存在と尊厳と愛の輪転があります。〝愛し合う″にはお互いの愛を感じたときから、愛を育まなければならないのです。
恋愛において、男女が歩み寄り、理解し認め合い、すべてを分かち合い、一体化することで愛の生命と魂を創造し、愛の結晶を誕生させることでもあります。
その小さい生命体と魂に母胎内のときから愛を与え、育まなければなりません。男女の愛は受胎とともにより深くなり、その愛は生命体と魂を育成すべき行動となって深まらなければならないのです。
それは生命体である胎児に魂が存在していることを認識することによって、さらに愛の絆が深く結ばれていきます。男と女から、夫と妻へ、そして父と母になり、二人は自覚し、協力し合い、理解を深めつつ人間としての魂を育てるもです。
男女の愛は自ら成長しながら、夫婦愛となり、親と子の愛が芽生え、育ってきます。そして子供同士の間では兄弟愛が生まれ、家族を構成して家族愛となり、やがて郷土愛、人類愛となり、さらに地上の全生命へと拡がっていきます。

つづく

癒しの光っちゃん 川上光正 記



愛と平和と秩序 

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今日の地球規模の環境破壊は、先進諸国が生活の豊かさを追い求め、経済至上主義の道をひたすら突き進んできたことに、その大きな要因があります。自国の繁栄のみに目を奪われ、地球環境への配慮を怠ったことに、その原因を求めるべきです。それが同時に発展途上国の貧困やそれに伴う人口爆発を放置する結果となったことを、まず認識すべきです。
地球規模の破壊は、人類はもとより地球上に存在するあらゆる生命の存続をも脅かすものです。それだけに人類の叡知を結集して環境問題へ取り組むことが急務です。
二一世紀に向かって私は、「宇宙及び地球に存在する、すべての生物や生命体とその魂は、生存可能な環境において、自然の調和を計り、愛と平和と秩序を守りながら、その義務を果たし、自由に生存する権利を有する」とあえて提言します。
二一世紀には豊かな心、健康なからだと輝く魂の時代が到来し、すべての我欲や争いが消滅するよう、切に希望するものです。
自由と平和を守るために……。


参考文献
『美しい意識の創造』
平成8年8月30日第1刷発行
著者 川上光正


癒しの光っちゃん 川上光正 記



地球サミット 

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民主主義の根幹である〝自由と平和″は国家権力は無論のこと、経済集団、学術集団、宗教集団、思想集団、さらに家族集団においても絶対多数の権力によって、弱者を抑圧・搾取してはならないことが大前提です。
しかし、組織集団が強大化すれば派閥が発生し、権力派閥へと変貌します。それは特定人脈の特権となり、弱者である一般民衆を苦しめ、自由と平和を奪うことにもつながりかねません。
今日、どれだけの人が、どれだけの指導者が、真に民衆の側に立って働いているのでしょう。
口先はどうであれ、大半は民衆に媚び、利用して、愚弄しているといっても過言ではありません。政財界のリーダーがしばしばスキャンダルに塗れるのはその象徴です。
ともあれ、東西の激しい対立が解けた現在、環境汚染、貧困、人口爆発、資源、エネルギー、食糧といった年来の地球的規模の諸問題に今こそ真剣に取り組む必要があります。その意味で一九九二年はグローバルな環境問題の解決のために極めて重大な年になりました。
一九九二年六月にはブラジルのリオデジャネイロで「環境と開発に関する国連会議」(UNCED)、いわゆる「地球サミット」が開かれました。世界各国の首脳と関係NGO(非政府機関)が集まって行われたサミットの成果に、人類の未来を憂う一人として私も期待を寄せていました。


つづく

癒しの光っちゃん 川上光正 記



自由と平和を守るために 


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世界的な視野で〝自由と平和″を考えるとき、時代の変遷とその歴史的な背景の中で先人が戦い築いてきた自由と平和の基盤を、現在の私たちが継承し、完成させ、不動のものにしていかなければなりません。
人類の歴史をふり返ってみると、それは戦争に彩られた悲惨な絵巻の連続であったといってもいいようです。古代ギリシャやローマの時代はもとより、自由と平和を奪う侵略と報復の数々は洋の東西を問いません。古くは北インド(現在パキスタン領)のインダス川領域で紀元前二五〇〇年前に発展したインダス文明のモヘンジョ・ダーロの遺跡から発掘された先住民の人骨頭骨に一四・六センチの傷跡があったことからも推察できます。インド古代最古の文献である『リグ・ヴェーダ』にはアーリア民族がインド先住民と頻繁に争ったことが記されています。

近年には、第二次世界大戦の中で独裁者の権力に散った数多くの犠牲者がいます。わが国も例外ではなく、広島と長崎で原子爆弾の投下や壮絶な沖縄戦などによって、その犠牲者だけでなく、現在でも生き残った多くの人々の魂に深い傷跡を残しています。何百万もの一般民衆が犠牲になるという悲惨な教訓が、戦争放棄の憲法を誕生させたという歴史的な事実を忘れてはいけません。
そして戦後、しばらく続いた米ソ両大国の冷戦時代が雪解けを迎え、一九九〇年、東西ドイツの統合によりヨーロッパの民主主義がにわかに顕在化し、社会主義体制の変容のうねりが起こり始めました。その波動は翌九一年のソ連邦の消滅と同時に独立国家共同体を誕生させ、世界に衝撃を与えたのです。
すべては体制による権力集団から自由独立を叫んだ民衆の勝利であり、デモクラシーの時代へと、その足首を確実に聞きとることができます。自由を求める民衆の声は、もはや、いかなる権力をもってしても抑圧できないという事実が明らかになりました。それはヒューマニズムに目覚めた人々の魂の叫びと輝きでもありました。

つづく


癒しの光っちゃん 川上光正 記



水の精 



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私は数年前に、水の精・魂について考察しながら瞑想していました。
その時に浮かんできたのが次のような散文でした。そこには「我々の命の水〈水の精〉が伝えたい願い」と題していました。

「我々の命の水〈水の精〉が伝えたい願い」

「ぼくは生まれたばかりの水・水の精です。森や林など野山に雨となって降りそそいだぼく・水の精は、樹々や草木の中、腐葉土を通り抜けて小さな泉になり、小川の中へと入っていきました。
上流の清らかな水は、ぼくが一番好きなところです。何の汚れもなく澄み切って透明だからです。小さい魚や多くの卵が孵化し育っています。やがてぼくが中流に入ってくると、水は少しずつ汚れを増しています。いろいろな雑草や生活排水、農薬がぼくを苦しめます。水に棲む小さな生物や魚も苦しそうで、上流へと向かっています。ぼくは段々、下流に流されてきました。突然、いやな臭いがして、色も濁り視界がぼんやりしています。小魚たちも苦しくなって、逃げ惑っています。ぼくは、とても悲しくなってしまいました。
誰がこんなに水を汚したのかな。ぼくはやがて河口から海へと辿り着きました。

あの美しい森林から小川に流れ大海まで旅をしてきた水の精・ぼくが体験したことで、命を育む水について深く考えるようになりました。これまで永い時間をかけて水を育んできた太古の源水・父や母の精に申し訳ない気持ちです。

水を汚したのは誰ですか。あなたですか。水の精のぼくはゆっくり水蒸気になって天に昇り、成層圏から地球の人々を観察しました。そして、やっと水を汚した人達を見つけました。彼らは企業の利益のためや自分のことだけを考え、水を汚していたのです。なぜ、下流に住んでいる魚や人々の気持ちをわかってくれないのですか。水が汚れるとこの美しい地球も汚れてしまいます。命にとって大切な水をきれいにするため、どうかみんなで力を合わせましょう。そして美しい地球の水を創ってください。そんな願いを込め、ぼくは再び勇気をもって地球の森林や野山へと降りそそいでいきました。


癒しの光っちゃん 川上光正 記



ヨガ実葉根菜食の基本理念 

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種子の神秘的な力を示すものとして、大賀一郎博士が行ったハスの開花は有名です。2200年前のハスの種に適当な水分と温度を与え、大賀博士は見事にハスの花を咲かせている。つまり、ハスの種は2200年もの間、その時期が来るのをじっと待って生命力を維持してきたわけです。
この事実から、種子の中には栄養学的には解明されにくい、生命の根源のようなものが含まれているとみるべきです。これをヨガではプラーナといっています。

以前、当スタジオのスタッフが献血を行った際、担当の看護婦さんが、そのサラサラとした血液にびっくりされたといいます。事実、後日送付されてきた生科学的検査や血球計数検査など一五項目の血液検査はすべて標準値に納まる理想的なものです。それも実葉根菜食によって血液そのものがきれいとなった結果であるといえます。
ともあれ、食べ物は太陽の光と暖かさ、そしてプラーナを受け、母なる大地、母なる海から生まれてきます。そうした自然が与えてくれた恵みに感謝しながら、愛情込めて調理をし、食するというのがヨガ実葉根菜食の基本理念です。


癒しの光っちゃん 川上光正 記



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