スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『ウパニシャッド』 

a1760_000009.jpg



インド古代の奥義書の『ウパニシャッド』では、『魂』を〝アートマン″として認識されていますが、『プリハッドアーラニセカ・ウパニシャッド』に登場する哲人のヤージャヴァルキアは魂(アートマン)の本性について「純粋の知であり、認識の主体であり、人間の個人存在の奥に存する絶対の主体ともいうべきものである」、そして「アートマン(魂)は把促されず、破壊され執着されることもない。束縛されず、動揺せず、害されることはない。それは不死である」と唱えています。
さらに哲人は「じつに夫を愛するがゆえに夫が愛しいのではなく、アートマン(魂)を愛するがゆえに夫が愛しいのである」「じつに妻を愛するがゆえに妻が愛しいのではなく、アートマン(魂)を愛するがゆえに妻が愛しいのである」と説いているが、私の魂についての根本的な理念でもある〝魂は純粋精神であり、愛と平和と秩序をたずさえている″ということをこの哲人のことばにあてはめてみると、確かに理解し納得できます。
東大名誉教授である中村元博士の著書『ウパニシャッドの思想』(春秋社)に〝アートマン″について氏自身の考え方が述べられています。「人間の奥に〝本来の自己″とでもいうべき絶対のものがあり、それがわれわれのよるべきものであるから、それに頼ることによってすべてのものを愛することができるようになります、ということを説いているのであろう。絶対のものはどこにあるのか、人間を離れたところにあるのではない。人間のうちなるものにあるのである」と。
(拙著:『美しい意識の創造』より)
つづく

癒しの光っちゃん 川上光正 記



スポンサーサイト

魂の再発見 

a0070_000281.jpg



私たちが日常聞いたり、読んだり、口にしたりしている『魂』という概念はいったい何を意味するのでしょう。「大和魂」とか「魂は永遠」「魂の叫びだ」「不滅の魂」「三つ子の魂」、そして「魂を売る」「魂消る」「魂胆」などなど、多くはその概念や本質について深く考えることは少ないのではないでしょうか。
ここ数年、新聞やテレビなどのマスコミでも魂という活字が目に止まります。しかし、文部省が常用漢字として認めているにもかかわらず、魂についての認識は一様にして抽象的概念から脱していません。
『魂』を広辞苑で見ると「動物の肉体に宿って心のはたらきをつかさどるもの」「肉体を離れて存在するもの」とあり、一般的には〝霊魂″という言語的解釈に終始しています。
中国では魂のことを、〝魂魄″といって、「魂は心識、霊の働きがあって形がないもの、魄は形態があって心識のよりどころとなるもの」とあり、また、肝をつかさどるものを『魂』とし、肺をつかさどるものを「魄」と称しています。『魂』は陽の精気であり、肉体を離れると天に昇ります。『魄』は陰の精気で、肉体を離れると地に帰り止まるのです。この二つが合して生命を生かすともいわれています。魂神(心識の異名)や魂神精識(心とたましいであり、輪転再生の主体)ともいわれ、霊魂を意味しています。
(拙著:『美しい意識の創造』より)
つづく

癒しの光っちゃん 川上光正 記



人間関係 自己変革 

lgf01a201405011700[1]




人間関係は、すべては自分に帰結します。あなたが変われば、周囲も変わり、人との関係は必ずやよい方向に傾くはずです。
すべてはあなたの潜在意識にその因があり、それが抑圧された感情であれば、それを解放しなければなりません。
「自己を愛し、自己を信じ、自己に課した約束を自ら実践し、それを守る自己」となり、「人を愛し、人を信じ、人との約束を守れる人」となります。
そして、その結果として良好な人間関係が築かれていくのです。相手との絆づくりから始まり、信頼される人間関係となります。
それは決して平坦な道ではないでしょうが、その構築の中にこそ、自らの成長も、自分が変わる因も含まれています。そのことを知らなければならないです。
いかに自己変革していくかです。


(拙著:『美しい意識の創造』より)


癒しの光っちゃん 川上光正 記



生育史 

sgf01a201306130900[1]



自分なりに生育史を記してみましょう。
たとえば、中学三年生のときを思い出してください。卒業式の日を思い出し、そこから自分の生い立ちを振り返ってみます。別れた友のこと、恩師のこと、両親のこと、兄弟、姉妹のことなどが思い出されるはずです。その中であなたは抑圧された感情を感じ取るに違いないです。

そうしたら、過去の抑圧した感情を発散させる必要があります。入浴時に湯船でリラックスするもよし、布団にくるまって静かに涙するのもいいでしょう。自己を癒し、抑圧された感情を発散することで、自己に潜む人間不信の感情は少しずつ癒されていきます。
男性の上司との関係に苦しむ場合、父親との軋轢に原因があったり、女性の上司や仲間との関係に苦しむ場合、母親との軋轢に原因があることが多いです。

相手の悪いところばかりがみえ、欠点だけが気になります。それは相手ばかりではなく、本人にも問題があります。相手の長所をみつけ、そこに自己とのつながりを見出せば、理解もでき、感謝の気持ちも湧いてくるでしょう。自分を成長させてくれる人であるとの気持ちにもなります。そんな人をどうしていがみ、嫉妬し、敵視することができるでしょうか。


(拙著:『美しい意識の創造』より)

つづく

癒しの光っちゃん 川上光正 記



ハタヨガ・アーサナ 

lgf01a201401230300[1]



アーサナの実修が楽しくなれば、からだは喜び、いいホルモンを出すようになります。気持ちに余裕ができ、他人にやさしくしてあげられるようになります。
古代インドの教典には「良いことをすれば良いことが返ってくる」(善因楽果)、「悪いことをすれば悪いことが返ってくる」(悪因苦果)という因果律としての「カルマの法則」が記されていますが、単に善行をすすめ、悪行を戒めるといった道徳観や論理観ではありません。
さらに次元が高く、アーサナを実修することで、人間本来の力が最大限に発揮され、必然的に善行をしたくなり、悪行はしなくなるのです。他人に責任を転嫁しようとしたとき、いがみあいが起こり、争いが起きます。すべてを自分の責任と自覚したとき、自分が変わることにより、周囲も変わることがわかってくるはずです。
最低でも三カ月、個人差があるので六カ月間は必ずハタヨガ・アーサナを続けてほしいです。あなたの意識は必ず変わるはずです。


(拙著:『美しい意識の創造』より)

つづく

癒しの光っちゃん 川上光正 記



自己の確認と意識の変化 

20110817170354f04[1]




ヨガの教義の中に〝ニヤマ″(勧戒)がありますが、その実践が第一歩になります。その内容を簡潔にいえば、他人の成功にどれだけエールを送れるか、他人の幸福をどれだけ素直に喜べるかです。他人の幸せを喜び、苦悩を哀れみ、寛容と思いやりで接していきます。ねたみや敵視をせず、互いのこころの扉を開き、ともに共感していくことが大切です。

そのためにも、アーサナの実修は不可欠です。ヨガは観念ではなく、実践行です。自らの肉体の鍛練を通して、意識や考え方を変えていくのです。実際、アーサナを真剣に実修することで自分の意識が少しずつ、そして確実に変化してきたという体験をもつ人は多いです。その事実が重要です。そうした諸先輩方の実体験を通して、あなたもその目的と意味を現実に確認できます。

ハタヨガの長所はなんでしょうか。
この感慨は人さまざまでしょうが、確実にいえることは「気持ちがいい」という感覚です。自己を見つめ、楽しさを味わうことができます。その時間と空間を共有することで、自己の確認と意識の変化をもたらしてくれるのです。
気持ちがイライラしたり、他人に嫉妬し、敵視しているときのあなたは、すでに自己を見失っているときです。あるいは自己の魂が幼く、傷ついている証拠であるかもしれません。どちらにしてもそのような人に円滑な人間関係は築けません。


(拙著:『美しい意識の創造』より)

つづく

癒しの光っちゃん 川上光正 記


川上光正オフィシャルサイト
http://kawakami-yoga.com/

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。