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潜在意識 

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私は1972年3月15日、世界最大の組織をもつIFBB国際ボディビル連盟公認のミスター・ジャパン日本選手権大会で総合優勝しました。会場にはゲストで特別審査員として、現在は国際派の映画スターとして活躍しているアーノルド・シュワルツネッガー氏も来日していました。懐かしい思い出です。
そのころ私は優れた身体をつくることに専念していましたが、心をコントロールをするために自分なりにヨガ・瞑想の実修をしていました。そして1972年11月イラクのバグダッドで行われた世界選手権及びアジア選手権大会で入賞することができました。
その時、恩師スリ・モノトッシュ・ロイ師に出会いそれを契機に本格的なヨガの実践と教義を学ぶために再三インドに渡って修行をするようになったのです。
スピリチュアル・精神世界・潜在意識のことを改めて認識したのは、20余年前、下関で川上ヨガ研究所を主宰していた頃からです。あるとき、病院の内科医から19歳の女性を紹介されました。その女性は四歳のときから夜尿で、現在の医療では治らない、病院ではもう打つ手がないということでした。その病院の医師より私のところを紹介されて母親に付添われて来たのです。
私も初めてのケースで夜尿が止まるかどうかわかりませんでしたが、そこまで頼りにされたのだからと思い「お母さん、やってみましょう」といって指導を引き受けました。23歳の頃から、フロイトやユングの著書を読んでおり、潜在意識については興味をもって学んで、それなりの知識もありました。そこでまず彼女を深いトランス状態に導くためにヨガの呼吸気法から指導を始めたのです。

(拙著:『美しい意識の創造』より)

つづく

癒しの光っちゃん 川上光正 記


川上光正オフィシャルサイト
http://kawakami-yoga.com/

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権力は持たないこと 

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私は、権力志向を否定した考えを持つようになりました。権限は必要ですが、権力は持たない、差別も絶対にしないと心に決めました。差別は否定していますが、区別は止むを得ないことです。差別と区別は違います。高い坂を登ろうとしますと、階段が必要です。上るときに一段一段〝差″をつけます。階段があれば一段一段、確実に、そして楽に上ることができます。それが区別なのです。

しかし、人間としての差別はよろしくありません。人種とか学歴とか財産、家柄とか、その他いろいろなことで人を差別しようとします。これらは絶対によくないのです。実感はあまりないかもしれませんが、人よりいいものを着たい、人よりいいごちそうが食べたい、人よりいい思いがしたい、そう感じたときに、それは差別につながります。そうした考え方をもつ人が集団となったとき、差別集団・権力集団となる可能性が強いのです。
一見、その集団のぬるま湯に浸かっているとそのことがわかりません。自分のまわりに権力志向の人、我欲が強い人がいると、そのことが常識として定着し、わからなくなってしまいます。組織のリーダーには往々にして権力と我欲の強い人がいますが、度が過ぎるとリーダーとしての資質に疑問を感じます。
本来、私たちは自由であり、平等です。誰からも強制されることはありません。権力集団の一人の人が、大勢の人を「ああせい、こうせい」と強制する、自由を奪うようなかたちはよろしくないです。もちろん国家であれ社会であれ、家庭であっても、規範や秩序は必要です。

(拙著:『美しい意識の創造』より)

つづく

癒しの光っちゃん 川上光正 記




我欲を捨てる 

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必要以上の我欲や権力は持たないこと。
身体の健康だけを心得てもいけません。こころ・精神が豊かでなければならないのです。我欲が強い、自分のことしか考えない、他人の気持ちがわからない。そういう人をどう思うでしょう。あなたはそんな人を結婚相手に選びますか。職場で一緒に働きたいと思うでしょうか。やはり、個性的でも思いやりがあって、人の気持ちを理解してくれる人を選ぶに違いありません。人にやさしくなるためには、こころが豊かでなければならないのです。
ヨガの中には、からだを鍛え煩脳を弱めるハタヨガがあり、次のラ―ジャヨガはこころを豊かにして、そしてクンダリニーヨガでは自己の本質とは何かということを探ります。
私自身、過去に二つの会社を経営してみて、その使命は利潤追求を目指すのではなく、本当の自分を探し、人の役に立つ仕事をすることだと悟りました。そしてヨガの修行を経て、アートマン(魂)とブラフマン(梵)との合一・融合を感じたとき、自らの我欲や家族だけの幸福を満たそうとする心を捨てることができました。

(拙著:『美しい意識の創造』より)
つづく

癒しの光っちゃん 川上光正 記



人間の心に潜む寄生意識 

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岩明均氏の人気マンガを山崎豊監督が映画化した2部作の「寄生獣」。人間の内面・深層にみる凶暴性を映像化した作品だと受け止めるべきでしょう。
古今東西、各国で起きている猟奇殺人事件は私達を震撼させています。日本でも2014年、長崎県佐世保市で起きた15歳の女子高校生による殺人事件や、同じく2004年に起きた佐世保市の小学6年生の少女による同級生殺害事件が記憶に残っています。このような事件の裏には、加害者の内面に潜む凶悪な寄生意識の存在を否定できません。
筆者の研究では、人間のこころ・意識の深層にある潜在意識・超潜在意識(前世意識)を解明・分析すると、胸部には児童など人間性の寄生意識が侵入しています。腹部には凶悪な動物性の意識が侵入し寄生意識化しています。その主な意識は、人間が前世で殺生した動物で、冷血動物の大蛇や龍、ネコ目に属するネコ科のネコ、イタチ科のイタチなど人間に恨みの因果を持つ動物性や人工中絶・流産した赤ちゃんの寄生意識です。
古くから「腹の虫が治まらない」「腹に一物ある」「腸が煮えくり返る」「腹が立つ」「腹黒い」、「胸さわぎがする」「胸が痛む」「胸くそ悪い」「胸がムカつく」「胸が切ない」「胸苦しい」「胸が締め付けられる」などの比喩に例えられているのもうなずけます。
寄生意識の存在は大別すると、2種類に分けることができます。1つ目は、うつやパニック、不眠症など心身の慢性不調があり、引きこもりや不登校、出社拒否、人間嫌いなどの寄生意識障害。2つ目は、暴力や虐待、殺人事件などの犯罪を起こす凶暴性をもった寄生意識障害など。
以上のように二分すると人間に対して恐怖心をもつ寄生意識と、他人を殺害し宿主である当人を自殺など死に追い込む凶悪な寄生意識が存在します。

寄生意識障害者の性格を分析、要約すると、次の症状や行動が当てはまります。

(1)人々と交流ができず引きこもる
(2)疑い深く人をなかなか信用できない
(3)人間関係が苦手で人の輪に入れない
(4)場の空気が読めずしゃべりすぎる
(5)恐怖や不安、心配で頭がいっぱいになる
(6)人前にでると緊張しパニックになる
(7)人の批判・中傷を平気でする
(8)過食が続き肥満になっている
(9)酒量が多く酒癖がわるい
(10)くすりやタバコに依存している
(11)パチンコや賭博など賭け事がやめられない
(12)短気で人の話をよくきかない
(13)手の平やワキに汗をかき、多汗である
(14)不眠が続き昼夜が逆転する
(15)暴力や虐待などの犯罪歴がある
(16)ネコや小動物を虐待したり殺したりする

癒しの光っちゃん 川上光正 記




ヨガとは「心のはたらきの止滅」です 

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近年、ヨガスタジオが乱立し競争が激しくなっているようです。
多くのスタジオが利益を考え、物品販売に力を入れています。
主な商品は、ヨガウェア、水素水などの飲料水、その他、健康食品などをヨガ実修生に販売しています。
米国のセレブたちがヨガをする中、いまやヨガをファッション化した見せ物のように、様々なデザインのウェアも巷にはあふれています。
ヨガはスタジオの利益を上げるために発達したのではありません。
自分自身の心と体と魂の開発のために創造されたものです。
ヨガはスポーツでも武道でも体操でもありません。
心・体・魂を高次に導くための修法です。
そして、心のはたらきを止滅するためのテクノロジーだとも言えます。
そのため古代より師から弟子へとその秘法や修法が伝えられてきました。
師を持たないヨガの先生は我流で未熟なインストラクターがほとんどです。ラージャヨガ・クンダリニーヨガの指導はできないようです。
物品販売を行っているヨガスタジオは正統派のヨガではありません。
無料体験の際はその事を確認して入会を決断しましょう。



癒しの光っちゃん  川上光正



魂の中心核 

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インドの人々が挨拶のとき、合掌することの意味は人間や万物に魂(アートマン)や梵(ブラフマン)が存在することへの尊厳でしょう。私は、長年にわたるクンダリニーヨガの修行の中で、心の奥底から湧いてくる意識が〝クンダリニーシャクティー″であることを体感し、男女、性別は問わず、子供も大人も、魂の先祖としての梵が、脊椎下部のチャクラに〝クンダリニーシャクティー″として存在することを確認するに至りました。
その頃からすべての人々に対して常に敬虔な心で人間関係を保っています。それは相手の身体に存在する魂や梵としての神々に対する敬意でもあります。
魂は純粋意識であり純粋な精神をもった人間精神の根源・核であり、梵としての神は宇宙意識領域にある至純意識と神性意識、至梵意識をもった宇宙真理であり、魂の中心核でもあるのです。
そして私は「魂は、その生命体に存在する梵である最高神の分神であり、分魂である」と考えています。

(拙著:『美しい意識の創造』より)

癒しの光っちゃん 川上光正 記



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