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多角的な価値判断力を養う(2) 

多角的な価値2

(前回のつづき)
「新幹線の新型〝のぞみ〟なら、博多から新大阪まで二時間十七分で行けるが、寝台特急では九時間かかる。だから、のぞみには価値があるが、寝台特急には乗る価値がないのか」「あいつは百メートル走るのに二十秒かかる。十五秒で走るより価値が低いのか」
 数値化できるものが至上で、物事の判断材料が数字でしかない。


 だが、数字というのはあくまで結果である。ある事のわかりやすい、客観的なひとつの表現方法・証明手段であろう。「背が高い」といっただけではどれくらい高いかよくわからない。そこで百八十センチという数字を使って客観化する。それはものさしとしては便利で客観性を得たが、しかし、百八十センチであること自体には何の価値もないのだ。


 あの人は心が広いといったとき、どのくらい広いかを数字で表わせるか。
 表わせないであろう。数字で表わせない価値もいっぱいある。つまり、数字は物事の価値判断材料の一つにすぎない。一つの必要条件ではあるが「それだけで価値が測れる」十分条件では決してない。


 しかし、数字やお金ですべての価値が測れる、測れないものには価値がないという考えが、ことにバブル以降、世の中にはびこってしまっている。これは、たいへん危険なことではないだろうか。
 私たちの価値判断力が低下してしまっている。いや、歪んできてしまっているのだ。


 正しい価値判断、多角的な価値判断ができることは、いうまでもなくリーダーに要求される重要な条件である。
正確な引用ではないかもしれないが、
  「変えるものを変える勇気
  変えられないものを受け入れる落ち着き
  その両方を見分ける知性」
という言葉がある。


 リーダーに必要な三条件であり、私も時折、自分自身にいい聞かせる言葉である。

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多角的な価値判断力を養う 

多角的な価値


 私たちはモノの価値、人間の価値を「数字」で測ることに慣れ過ぎてしまっていないかという提言をしたい。
 ひところ、〝三高〟なる言葉が流行った。若い女性が結婚相手に求める条件が高収入、高身長、高学歴の三点であるということだ。これ、すべて数字で価値が測られている。人間性、性格、将来性、そういった目に見えぬもの、数値化できないものは、ここではなおざりにされている。


 ある人の能力はその人がいくら稼いでいるかで測られてしまう。子供の世界でもそうで、試験の点数がすべてである。企業も同じ。年間総売上げ何十億と経営目標が数字でしか示されていない。個々の社員には達成すべきノルマが課せられている。それに対する報酬としてしかるべき給料や賞与が支払われる。


 お金や点数だけで人間というものが測られすぎていないか。逆にいうと、現代人はモノの価値が数字でしか測れなくなっている。数値化できないものには価値がないと思っている。
「環境問題は一銭にもならないから、会社として取り組む価値がない」
「新幹線の新型〝のぞみ〟なら、博多から新大阪まで二時間十七分で行けるが、寝台特急では九時間かかる。だから、のぞみには価値があるが、寝台特急には乗る価値がないのか」「あいつは百メートル走るのに二十秒かかる。十五秒で走るより価値が低いのか」
 数値化できるものが至上で、物事の判断材料が数字でしかない。
(次回へつづく)

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