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直言、諌言はこれを重用する 2 

20170315川上光正ブログ


 リーダーたる者、部下の意見はこれをいたずらに遠ざけず、
むしろ進んでこれを聞き、吸い上げるべき点は吸い上げ
軌道修正する寛容さ、度量が必要となってくる。


 だが、リーダーとして狭量な人はこれと逆をやる。
直言を辞さない硬骨漢を「けむたい」と遠ざけ、
自分にとっていいことや耳ざわりのよいことばかり言う側近、
自分の言うことを無批判に受け入れるイエスマンだけを
周囲に置くようになるのである。


その結果、どうなるか。


 勝海舟の次のエピソードがそれを教えてくれる。


 明治期、当時の政界の首領・伊藤博文の
取り巻き達が、赤坂・氷川に隠遁している
勝海舟を訪ねて、しきりに伊藤の悪口をいう。

勝は頃合いを見てこう問うた。


 「もっともだが、その批判を伊藤の前で直接いえるかい」


とり巻き達は黙ってしまった。


 「そうだろうな。伊藤は実に頭のいい、物の見える男だよ。
しかし、君たちがひとことも批判をせず、いいことばかり耳に
入れていれば、伊藤といえども目は曇っちまうよ」


 いかにすぐれた資質を持つリーダーといえども、周囲に直言、
苦言を言わぬイエスマンだけを置いていたら、視野は狭くなり、
増長して道を誤るのだ。


 だからこそリーダーは、耳の痛い話、直言をしてくれる
「けむたい」部下の言葉にこそ、素直に耳を傾けなくてはならない。


「へつらい者を避けるには賢い側近を選び、その者だけに直言させよ」


『君主論』を書いたマキャベリの言葉である。


(拙著:『リーダーの精神哲学』 1997年発刊 より)

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直言、諌言はこれを重用する 

20170302川上光正ブログ


 ある本を読んでいたら、故松下幸之助氏の
次のようなエピソードが紹介されていた。


 松下氏があるところで行った講演の内容が
好評だったので、それを書物にしようとして
重役会にかけた。


ところが一人の平取締役が立ち上がり、
これに真正面から異を唱えた。


 ――会長の説く内容はたしかにすぐれていて、
理想論としては非のうちどころがない。
しかし現実の処せん法としての有効度は果たしてどうか。

松下社内の実情と照らし合わせてみても、
かなりの隔たりを感じる。
それをそのまま本にするのはいかがなものか。
読者に対する「裏切り」にならないか――


 天下の松下の痛いところをズバリと直言したのである。
松下氏は一瞬、不快な表情をこしらえたが、結局、
彼の意見を入れて出版をとりやめた。

この平取締役がのちに、松下氏から異例ともいえる
抜擢を受けて社長になった山下俊彦氏だった。

「重役会でも臆せず自分の意見を述べる男だったから」
というのが、松下氏の抜擢理由である。


 言いも言ったり、聞くも聞いたりという感じだが、
良薬は囗に苦し。

経営者や幹部にとって耳の痛い発言をする部下、
上司であるにもかかわらず直言、
諫言を辞さない人間、そういうメンバーこ
そリーダーは重用しなくてはならない。


 現在、山下俊彦氏は松下電器の相談役に退いているが、
平成九年七月十五日、大阪で開催された関西日蘭協会の
パーティーで松下家の世襲を批判。

「創業者(故松下幸之助氏)の孫というだけで松下正幸氏が
副社長になっているのはおかしい」と語っている。


 『史記』にも、「忠言は耳に逆らえども行いに利あり」とある。
上役への異論、反論にこそ、リーダーが本当に耳を傾けるべき、
有益な内容と刺激が含まれているものである。


 第一には、異論、反論はリーダーの指示や意向の間違い、
不完全さを発見できる手がかりになり、仕事上の失敗を
未然に防ぐのに役立つ。

第二には、上役に直言、諌言することほど組織員にとって
恐いことはない。それをあえてするというのは、彼に
よほどの覚悟と自信があるからだろう。

当然、そこには耳を傾けるだけの価値がある。(次回へつづく)

(拙著:『リーダーの精神哲学』 1997年発刊 より)

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