スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

つねに「まだ」型思考と性善説で部下に接する2 

20170615川上先生ブログ


人を教え育てる時に、
人の欠点やミスばかりを指摘して、

「君はここが悪い、
ここでいつも失敗する。
すぐに直しなさい」と

減点法で指導する人がいる。

これは部下にとってみると、
たとえ指摘されたことが事実であっても、

どこか叱られている気がして
萎縮しやすい。

教育法として減点法=性悪説は
効果的ではないのである。


それよりも、
長所やプラス部分に着目して、

「君はこういういい面、
すぐれた点を持っているから、
そこを伸ばすようにしなさい」と

加点法で教え、性善説で接したほうが
人材は伸びる。

短所は、他人からの指摘では
改まりにくいが、

長所は他人からのホメ言葉によって
大きく伸びていく。


 「人を動かそうとする場合、
相手の長所を見るのに九の力を用い、
短所を見ることには一の力しか用いない」

 とは、故松下幸之助氏の言葉である。


 性善説思考の大切さは、
人材育成のみならず、リーダー自身の
人間的資質の面でも重要である。


 たとえば、砂漠で道に迷ったときに、
水筒に水が半分残っているとしよう。

 このとき、
「もう半分しか残っていない」と考えるか。
「まだ半分も残っている」と考えるか。
あなたはどちらだろうか。


前者は物事を否定的、悲観的に考えるタイプ、
後者は肯定的、楽観的にとらえるタイプだが、

いずれが人の上に立つリーダーとして
適任かといえば、間違いなく後者の
「まだ」型思考のできる人に軍配が上がる。


まだ型思考、つまり物事を
肯定的にとらえるということは、

否定的事実から目をそらせ
という意味ではない。

状況は悲観的であっても、
つねに希望や明るさは失うな、
ということである。

苦しいときにも「まだ」と希望を持ち、
笑っていられるリーダーに、
人は信頼と安心を寄せ、
従うものである。

リーダーは、絶望という「愚か者の結論」を
簡単に出してはならない。

(拙著:『リーダーの精神哲学』 1997年発刊 より)


スポンサーサイト

つねに「まだ」型思考と性善説で部下に接する 

20170601川上先生ブログ

D・マグレガーという心理学者が、
X理論とY理論を唱えている。


X理論とは、人間は本来、働くことを
好まない動物だとする考え方だ。


だから、上司は部下の尻をつねに叩き、
命令を下して働かせることを
強制しなくてはならない。


これに対して、Y理論は人間は
生来、働くことを好むから、

上役が働きやすい環境をつくってやれば
部下はよく働くようになるとする理論だ。


これは、人を育てるのに
「減点法」で行うか、
それとも「加点法」でするか

という問題にも通じるし、

また、人を
「性悪説」の立場に立って見るか、
「性善説」の立場で見るか

という人間観にも通じる。


人間は果たして性善か性悪か。


つまり、人間は本来、
善の動物であるか、

放っておくと悪い方向へ
いってしまう性悪の生き物か

――これもまた難しい問題であり、
長い間、議論が続けられてきた。


思うに、共産主義とか現在の日本の
管理的な教育体制などは、

性悪説を前提にそのシステムが
構築されている。

個人や生徒の自由を尊重するよりも、
法や校則によって徹底的に
その行動や言動を管理する。

そうでないと、国家の運営も
学校の秩序も維持できない。

それぞれの指導者がそう
「性悪説」的立場で考えている。


その結果、旧ソ連や東ドイツの
共産主義は衰退してしまったし、

日本の学校は三無主義など
妙に生気のない画一的な
子供をつくり出している。


これから言えるのは、
性悪説では真に人を
育てることはできないし、

組織の確固たる運営は
できないのではないかという点である。

リーダーは人を性善説で見、
減点法でなく加点法で
育てなくてはならないということだ。
(次回へつづく)

(拙著:『リーダーの精神哲学』 1997年発刊 より)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。