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「足るを知る」生活を心がける 

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 人間の欲というのは、「程度」というものを知らない。一億円手に入れたら十億円欲しくなるし、十億円懐に入ってきたら、次には百億円欲しくなるものだ。ところが、以前、テレビでインドネシアのある小さな島の島民の暮らしぶりを紹介していたが、感じるところ、学ぶところが大変に大きかった。
 そこは赤道直下の耕作地に乏しい小さな島で、そのため島民のタンパク源の大半は、夏に姿を現すマッコウ鯨に頼っている。たいへん貴重な食料だから、獲れるときにできるだけ捕獲してストックしておこうとするのが通常の“経済観念”というものである。少なくとも日本人ならそうするだろう。
ところが、そこの島民は年間に十頭くらい、住民全員がギリギリ必要とする分だけを確保して、それ以上は獲ろうとしない。需要分に見合う量があれば、それで満足なのである。以前はそれでも、近代的な捕獲法によって大量捕獲していたこともあったらしいが、必要以上の量を獲っても結局、鯨の絶対数を減
らして、自分たちの首を絞めるだけだと気づいて止めたという。今では廃船と
なったその近代的な捕獲船が砂浜に打ち上げられているシーンが画面にも映っ
ていた。
 つまり、必要以上に獲らない、必要量あればそれで自足して、それ以上は望
まない――「足るを知る」ライフスタイルを貫いているわけである。
 ここには、日本人が忘れてしまった生活態度が生きていると思った。
 地球資源の確保に関連して、動植物の乱獲が世界的な問題になっている。捕
鯨問題も政治的思惑までからんで、なかなか結論が出ない。私自身いわゆる
「肉食」はしていないが、それについては反対も賛成もしていないし、人に「肉を食べてはいけない」と強制するつもりはない。生態系の中で、人類が生
きていくために動物を殺して食料にすることは、ある意味でやむを得ない場合
もある。イヌイット(エスキモー)がアザラシを狩猟するのは、生存のための
ギリギリの行為、選択なのだろう。だが、それだけに過剰な殺生はしない。イ
ンドネシアの島民と同じように、必要以上は殺さないのである。
自分たちの生存に必要な大切な食糧を乱獲することは、すなわち自分たちの生命を脅かすことだ。この単純な事実を彼らは自然の生態系の中に生きること
で、おのずと熟知しているのである。
 そこにあるのは、動物や自然との「共存共生」の思想であり、自然の一方的
支配ではない。日本人をはじめ、あらゆる文明人は、自然は支配、管理するも
のだ、できるものだというおごりをいつの間にか身につけてしまった。食糧だ
けでなく毛皮や飾り物のためにも動物を殺すというのは、明らかに無益、無意
味な殺生であり、人間の越権行為である。
 このおごりを戒めるのが先述した「知足」、すなわち「足るを知る」哲学であると私は思う。
 分相応をわきまえて、必要以上を望まない。自然から与えられた恵みで自足
して多くを欲しない。この「足るを知る」ライフスタイルこそが、ともすれば
限りなくふくらんでいく人間の欲望を抑制する最良の方法である。
「欲しいものが手に入らないときは、手に入れられるものを欲しがれ」と、
西洋の賢人も言っている。それが人間の叡智というものではなかろうか。



(拙著:『リーダーの精神哲学』1997年発刊より)

癒しの光っちゃん 川上光正 記


川上光正オフィシャルサイト
http://kawakami-yoga.com/

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