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明るく磨かれた本田宗一郎氏の魂2 




(前回のつづき)
ただし、これだけなら本田氏は
明るくて楽天的な経営者で
終ってしまい、

そのカルマも明質な
ものではあるが、

「善」というところまでは
レベルアップされない
はずである。

氏が非凡であり、その魂が
たいへん高次であるのは、
次のような点に理由があるのだ。

「金利のサヤ
(車のローン金利)が
儲けの主要な部分になるような

企業のあり方そのものが、
僕のような神経には耐えられない。

自動車工場を経営していても、
技術とアイデアで儲けないで、
金融操作で儲けているのでは、

どうみても自動車会社とは
いえない。

・・・土地を売って儲けても
同じ儲けには違いないが、
何でもいいから儲けさえ
すればいいというのでは、

せっかくの看板が
泣こうというもの」と、
本田氏は言っていた。

モノをつくる労苦を惜しみ、
土地や株だけで安易に
儲けようとする風潮への
嫌悪、批判が語られている。

利潤第一主義を排し、
モノをつくり、
労働することの喜びを、
企業と人の根本理念に
すえようとする本田氏の哲学が

よく表されている言葉だ。

氏のカルマ、魂を
善ならしめていることは、

権力に淡白であったことと
財を世襲させなかったこと
(息子や一族を後継者にしないし
会社にも入れなかった)である。

本田氏は「トップは役員会に
出席するべからず」と言って、

絶対的な権力を持っている
自分たちが役員会へ出ることの
弊害を知悉していた。

自分の権力に遠慮して、
幹部たちのアイデアや思考を
封じてしまうからである。

言い替えると、
彼は自分の有していた
大きな権力を行使しようとは
しなかった。

それだけ欲や権力に淡白で、
固執する心がなかったからである。

権力を志向せず、
同族経営を否定するのは
凡百の経営者にできることではない。

それだけ、氏は
私利私欲から離れ
自由であったということだ。

カルマを善積し、魂を磨くのに、
まず己の欲から離れることが
第一条件である点は再三述べてきた。

世界のホンダの創始者は
この条件を十二分に満たして
いたのである。

(拙著:『リーダーの精神哲学』 1997年発刊 より)

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